ビリー・シーンはベース奏法の在り方を変えた。'80年代、ニューヨークのバッファロー出身のTALASはカルト的な地位に昇り上がっていた中で、ビリーは'85年にVAN HALENを脱退したデヴィッド・リー・ロスのバンドに加入し、独り立ちするまでにレコーディングした2枚のアルバムはプラチナ・アルバムとなった。'89年にMR.BIGを結成、アトランティック・レコードからのセカンド・アルバム『
Lean Into It』よりカットされた「To Be With You」はビルボードの全米No.1シングル・チャート、及び14カ国でヒットを放つ。ビリーのトレードマークである演奏スタイルを築き上げる間、ビリーはアフリカ大陸と南極大陸以外の、すべての大陸を渡って4000本以上のライヴをこなした。
“ギタープレイヤーマガジン”の“Best Rock Bass Player”の読者人気投票に5度選ばれ、ジミ・ヘンドリックス、ポール・マッカートニー、ゲディー・リー、エディー・ヴァン・ヘイレン等と並ぶ“Gallery of Greats”の栄光にも輝いた。また彼はドイツ、日本、韓国、イタリア他の多国に渡り、人気投票を獲得している。'99年1月27日、ビリーの手形とサインが、ハリウッドの“Guitar Center”にある“
Rockwalk”に殿堂入りを果たす。ロックンロールに重要な貢献をもたらした結果の名誉である。日本で権威あるロック・マガジン“Player Magazine”(日本でNo.1の音楽雑誌)の人気投票で、無比の14回連続入選、へヴィーメタル・マガジン“Burrn!”(日本でNo.1のヘヴィーメタル雑誌)の人気投票ではベース部門で5回連続選ばれている。並びにMR.BIGは武道館を3夜連続でソールド・アウトにした。
2000年、ビリーは大阪ドームの4万人の観客の前で、パフォーマンスをしながらミレニアムの幕を開けた。
その後ビリーは待望のソロ・アルバムの制作を開始する。初のソロ・アルバム『
COMPRESSION』は'01年の4月にリリースされた。このアルバムでビリーはテリー・ボジオのドラムと、デヴィッド・リー・ロス・バンド以来の共演となった素晴らしいスティーヴ・ヴァイのソロがフィーチャーされている「Chameleon」以外の2曲を除いて、作詞作曲、ヴォーカル、バリトン12弦と6弦ギター、ベース、ドラムのプログラミング、ベースのすべてを担当している。
この他、MR. BIGの6枚目のアルバムを'01年の秋にリリースし、オール・インストのベース・アルバムやテリー・ボジオと斬新なベース&ドラム・アルバム『
Nine Short Films』を'02年に発表。そしてドラムにデニス・チェンバース(Funkadelic, Steely Dan, Mahavishnu Orchestra)とキーボードにはジョン・ノヴェロのトリオで、ベース、ドラム、ハモンドB3を駆使したNIACINの5枚目にあたるオール・インスト・アルバム『
Time Crunch』をリリースした。
(このプロフィールはビリーの
オフィシャル・サイトからの情報を提供されて作成しています)
追記:ビリーは姉から借りたアコースティック・ギターに刺激されたが、すぐにエレキ・ギターが欲しくなり、入手してから暫くはギタリストだった。ティム・ボガートに影響されて、ベーシストに転向。以後、この世にベーシストとして大きな功績を残す伝説のプレイヤーとなった。B'zのレコーディングやサポート・メンバーになる以前から親日家としても有名なビリーは、日本に50回以上も足を運んでいる。最近
トニー・マカパイン、ヴァージル・ドナティとDEVIL'S SLINGSHOT名義でツアーを行った。