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2008年11月30日

LOUDNESSドラマー、樋口宗孝死去

日本のHR/HMファンにとって悲しい11月の終わりとなってしまった。日本のHR/HMバンドの草分け的存在LOUDNESSの リーダーでドラムスの樋口宗孝が、本日11月30日午前10時頃、入院先の大阪の病院で亡くなった。

 

今年4月、LOUDNESSのドラマー、樋口氏が、肝細胞癌のためバンド活動を一時休止し、治療に専念することが所属事務所より発表された。肝臓に異常が発見され、4月7日より検査入院し、精密検査の結果、病名は肝細胞癌と診断された。
しばらくの間、本人は治療に専念するためLOUDNESSの活動を休止せざるをえなくなり、大事なファンの方々にきちんと事実を伝えたうえで再びLOUDNESSの活動に復帰するという、本人の強い意志を受けての発表であった。。

LOUNDNESSは4月22日から東京、名古屋、大阪でライヴ・ツアーがあり、代役を立てて、予定通り行った。4月22日に東京・渋谷のクラブクアトロでのライヴでは冒頭に 「心配をかけました。ごめん。すぐに戻ってくるから。みんな、待っててくれ」と、 樋口氏のメッセージがスクリーン上に字幕で流れた。 先日のさいたまスーパーアリーナでMOTLEY CRUEのスペシャル・ゲストの出演の際もまだ復帰が困難だった為、ドラムは代役のままだった。

夏に所属事務所より発表された様子についてはこうだった。
「この4ヶ月の闘いは実に壮絶なものでした。最先端の抗がん剤治療、 そして最高技術を要する難度の肝臓の一部摘出手術など、 正に一歩間違えばすぐにでも命を落としかねない日々の連続でした」 危ない局面を乗り切って一時は退院。

9月には、こう発表された。「これまで、2回の抗がん剤治療と、肝臓の一部切除手術を経て、一時療養のため退院していたが、3回目の抗がん剤治療を受けるべく、その後まもなく再入院。」諸検査を受け、引き続き、大阪の病院で治療を続けていたという。

 

そして10月18日、樋口氏本人からオフィシャル・サイトにファンに向けたメッセージが次のように発表されていた。(一部抜粋。詳細はLOUDNESSオフィシャル・サイトへ)
「癌を克服し、一日も早く元気な姿でLOUDNESSに戻ってくることを心から祈っています。肝細胞癌と診断されて、間もなく半年が経過いたします。ファンの皆様方には心配をおかけしまして、大変申し訳ありません。自己健康管理にはかなり気を使っていたにもかかわらず、癌が思いのほか進行していたため、その後の治療にかなり時間をようしてます。生死をかけての大手術により、肝臓も半分以上摘出し、現在もなお、治療を行っております。まだ危険な状態を脱したわけではなく、今後の見通しも余談を許さない、というのは現実問題として直視しながらも、精神力と体力で、引き続き、この大病と闘っていくしだいです。」

本当に残念でならない。でも派手好きな樋口氏はみんなが悲しみに暮れ果てるより、派手に送り出してあげることを好んでいるかもしれない。

 

LOUNDESSは今年2月20日に通算21枚目のオリジナルアルバム『METAL MAD』を発表した。8月28日、LOUDNESSの栄光の軌跡をデビューから現在までのライヴ映像で辿る4枚組DVD『The Legend Of Loudness - Live Complete Best -』をリリース。Disc1〜3には、デビューから現在に至るまでのオフィシャルに発売されたライヴ映像を、レーベルを超えて収録。そして、Disc4には、これまで未発表の貴重なライブ映像とTV番組出演時のスタジオ・ライヴの映像を収録。 全部で420分に及ぶ作品だ。
 

The Legend Of Loudness - Live Complete Best -
LOUDNESS栄光の軌跡をライブ映像で辿る、究極のライブベストDVD! 幻の貴重ライブ映像も初収録。

 

樋口氏は特徴あるラウドドラミングと呼ばれたくらいのリズムキーパーで、常にワンバスという拘りを持っていた。タムも9個から3個になり、バスドラも26インチに変えた。細かいセットからサイズを大きくしてよりヘヴィーにオーディエンスに訴えかけていた。それでも派手なドラム・ソロやフィルイン、スティック・コントロールやスピード、そして、PAなしでも会場に響き渡るパワフルなドラマーとして、日本だけでなく世界を轟かせた。バンド以外にもソロやドラム企画アルバムでは歴史に残る数々の作品をこの世に送り込んでいた。

12月24日のクリスマス・イヴには50回目の誕生日を迎えるはずだった。享年、49歳。樋口氏のご遺族、ご関係者、LOUDNESSのメンバーにお悔やみ申し上げると同時に、樋口氏へ心よりご冥福をお祈りいたします。

RIP:世界のひぐっつあん・・・天国で大好きなJohn Bonhamと楽しくドラム談義してください。ロック・ファンなら誰もあなたを忘れないでしょう。 お疲れ様でした。そしてありがとうございました。

 

UNETAKA HIGUCHI / 樋口宗孝 Drum Solo
@2006/11/25  東京国際フォーラム25周年記念LIVE!

UNETAKA HIGUCHI / 樋口宗孝 25周年を語る

UNETAKA HIGUCHI / 樋口宗孝    DRIVE&GOLF&TALK


LAZY "赤頭巾ちゃんご用心"

 

LOUDNESSライヴ出演
SUPER PEACE FESTIVAL 2008
12月6日(土)SHIBUYA−AX    OPEN 15:30/START 16:00
[出演]
マキシマム ザ ホルモン / DETROX / 大槻ケンヂSPECIAL BAND(仮) / 猫騙 / SUNS OWL
opening act: WHEEL OF DOOM / ABNORMAL VOLTAGE
 (順不同)
1Fスタンディング ¥5,500 / 2F指定 ¥6,000 (税込・1ドリンク別)
プレイガイド:
チケットぴあ 0570-02-9999
イープラス http://eplus.jp
ローソンチケット 0570-084-003
CNプレイガイド 0570-08-9999
[問合せ] H.I.P.:03-3475-9999 /www.hipjpn.co.jp

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コメント (46)

樋口宗孝 様

僕の人生を大きく変えてくれたことを心よりお礼申し上げます。

本当に、ありがとうございました。

まだ、誤報ではないかという気持ちでいっぱいです。

高校生の時にはじめて聴いた、LOUDNESS。
その瞬間から、ドラムのかっこ良さにとりつかれ、とりこになり、そこから自分自身のドラム人生がはじまりました。

まさに、ドラムという楽器に夢中になったのは、あなた無くしてはありえません。

もう一度、眼の前であの最後にドラを鳴らすドラムソロ
観たかったです。

でも、その華麗なるプレイは心にしっかり焼き付いているので永遠です。

ありがとうございました。

投稿者: Kings Lee | 2008年12月01日 00:09

ひぐっつあん。

お疲れ様でした。

LAZYの頃から 大好きでした。
これからも 大好きです。

LOUDNESSは
まさに 私の青春です。

本当に お疲れさまでした。
ゆっくり休んでください。

「光ある 全てのもの 滅びても
 永遠に 輝く LOUDNESS」

投稿者: OYAYUBIHIME | 2008年12月01日 00:43

樋口宗孝さんのドラムプレイが見れないのが残念です。
私はラウドネスからへヴィメタルの洗礼を受けました。こんなカッコイイ音楽があるのか!?って思いました。
悲しいけれど、しみったれたお別れは樋口さんも望んでいないでしょう。明るくお別れしたいですね。
We are the Loudness gay!

本当にありがとうございました!


投稿者: METABOW | 2008年12月01日 01:31

樋口様
小生が貴方を初めて観たのは「銀座NOW」というテレビ番組でLAZYとして「赤頭巾ちゃんご用心!」という歌でドラムを叩いている姿でした。
昔から女の子に人気があったのに、ハードロックという本物志向を目指して、音楽を追及していって世界的に凄いドラマーになりましたね。

高校生とかでバンドをやっても殆どの人は途中で挫折してしまうのに、貴方は最後までプロ・ミュージシャンとして生き抜いたのですね。

本当に尊敬します。正直、日本のロックは殆ど聴きませんが、僕はLOUDNESSは世界に通用する日本が誇れるロックです!

どうか、LOUDNESSのメンバーも、樋口さんの分までこれからもご活躍くださいませ。

本当に、貴方に似合う、「派手な送り出し」って形で樋口さんの今後もみんなで伝承していきます!
今まで本当に素晴らしい音楽を与えてくれてありがとうございました。合掌

投稿者: 70年代おじさん | 2008年12月01日 01:59

樋口さん、約50年間本当にお疲れ様でした!。

心からご冥福お祈り致します。

投稿者: 15歳 | 2008年12月01日 02:34

本当に、ロックミュージシャンになるために生まれたような方でした。
努力家で、男気があって、花のある人でした。

どれだけの若い心に影響を与えたでしょう。あなたのようなドラムを叩きたいと。

樋口さんの音楽を聴くのが幸せでした。
ずーとずーと大好きです。おばあさんになっても樋口さんを忘れません。

ありがとう。

投稿者: ゆみこ | 2008年12月01日 11:38

樋口宗孝 様

永い間お疲れさまでした。
突然の訃報にただ驚くばかりです。

これで僕の尊敬するドラマー3人が
天国へと旅立ちました。
(ジョン・ボーナム、コージー・パウエル、
そして樋口宗孝)

でもあなたのドラミングは一生僕の心に
残るでしょう。

あなたと同じドラムセットを持つドラマーより

投稿者: とおる | 2008年12月01日 14:33

早すぎるよ・・・
早すぎる・・・
日本ハードロック界の重鎮。
この言葉で送りだしたい・・

ひぐっつあん万歳!!(涙)


投稿者: AGE | 2008年12月01日 17:51

本当に悲しすぎます。うそであってほしい!

今までありがとうございました。

投稿者: 8186 | 2008年12月01日 21:40

樋口氏の訃報を新聞で今日見たときには全く信じられませんでした。中学生の頃からラウドネスが好きで良くきいてました。一時オリジナルメンバーではなくなり遠ざかっていましたが、またオリジナルメンバーで復活して聞き始めこれからはライブ何ぞにも駆けつけようとおもっていました。高校生の頃に見たラウドネスのライブで樋口氏のドラムソロはいまでも忘れられません。かっこよかった!!その宗孝氏のドラムがもう聞けなんて・・・
悲しいです。なんか胸に大きな穴が開いたようです。

投稿者: loudness-k | 2008年12月01日 22:27

樋口 宗孝様

本当にありがとうございました。心からご冥福をお祈り

致します。多くの感動をありがとうございます。

投稿者: futtchan | 2008年12月01日 23:26

"あの世"に持っていけるものは何もないかもしれないけど、
"この世"に残してくれたものは、とてもたくさんあります。

お疲れ様でした。ありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿者: Riff☆Raff | 2008年12月02日 00:10

ほんまに逝ってしまったんですね・・・

オレにとってはホンマに尊敬できるドラマーでした。

豪快かつリズミカルなドラミング、俺の中の最強ドラマーは樋口宗孝です。

安らかに眠ってください

投稿者: やまちゃん | 2008年12月02日 11:54

ひぐっちゃん。もう苦しまなくって良いんだね。

80年代、アメリカでラウドネスが大活躍していた時代、本当にお世話になりました。マー君、あきらさん、ニーちゃんも本当によくしてくれたけれど、ひぐっちゃんは格別やさしかった。リハーサルに不意に行っても、いやな顔ひとつせず、「飯に行こう」って言い、何度も食事に連れて行ってくれた。
一度、ハモサの寿司屋の帰り、高崎さんが非常にトイレに行きたいのに、高速が事故で渋滞になったときあったね。やっと到着したスタジオのトイレから先に出てきたひぐっちゃん、「あいつ、2升くらいしてるで〜」って笑わせてくれたね。
また、サンセットの寿司屋で、ウエイターを見て、ひぐっちゃんが突然「あいつ、ダニーパートリッジちゃうか?」と言った。まさかと思ったが、やはりダニーパートリッジだった。おまけに日本語できるし。笑ったよね。
モトリークリーの前座の時も、ステージ終わって何を言うかと思ったら、私に向かって「おまえ、俺のドラムソロの時、しょんべん行ったやろ〜。見てたで〜」ソロの最中、そんな余裕ないでしょ!?(笑)

また、アメリカでの講演を見たかった。また、ラジオの収録とかを手伝いたかった。いつも、パワフルなステージを見せてくれて、また、Off Stageでは、面倒みてくれて、笑わせてくれて、ありがとう。天国から、今後のラウドネスの活躍を見ていてね。


投稿者: Miko | 2008年12月02日 12:25

心からご冥福をお祈り致します。

中学2年の時に、FM東京から流れてきたLOUDNESSのLOUDNESSって曲!!次の日にはYOU&愛へ行き、レコードを借りて聴いて依頼、ROCKな人生になりました。
初めて見たLIVEもLOUDNESS、8186LIVEの5周年LIVE、FANクラブに入り、アリーナ2Daysでした。その後、FANクラブ会員で抽選に選ばれた何人かが、澁谷のライブハウスに招待されて、数曲の演奏を聴きました。
その時は、4人共にタキシードでした(笑)
握手をして貰い、良い思い出になりました。
高見沢さんが、乱入した事も覚えてます(笑)

それから何十年か立ち待つが、今でも熱いROCK魂のまま
でいます。LOUDNESSに出会えてROCKを知り、YOU&愛に通いつめたあの頃を思い出します。

悔しいですよ、ほんとに・・・
30周年のライブは、行こうと思ってたのに・・・

ご冥福をお祈り致します。

投稿者: hide | 2008年12月02日 15:41

樋口宗孝 様

この話を聞いたとき自分は本当にかなしかった。僕の人生を大きく変えてくれたひとでした。

本当に、ありがとうございました。

中学生の時にはじめて聴いた、LOUDNESS。
高校のときは宇都宮でラウドネスのコンサートでバックステージに入れてもらい全員と写真を撮ったり樋口さんからは使ったスティックやヘッドももらいました
とても夢のようでした。
あのとき見たソロは神でした。
そして本当に親身になって教えていただきました。
ありがとうございました。

投稿者: 金子 | 2008年12月02日 18:13

樋口さん、私に幸せな時間を与えてくれて
本当にありがとうございました。
  
 初めてラウドネス聞いたのは中学生の時。
ハードロックというジャンルさえ知らなかったのに
ラジオから流れてきた曲に一発ではまりました。
それから20年余りたち、今でも私の中ではナンバーワンです。最高に楽しかったときでした。 
 子供も成長し、これから再び ラウドネス漬になろうと思っていたのに・・・。本当に寂しいです。
 でも、ラウドネスは私にとって一生宝物ですから。
またいつか出会い、また感動をください。お願いします。

投稿者: ともこ F | 2008年12月02日 22:53

樋口宗孝様


貴方は私の青春そのものでした。

LOUDNESSのデビュー。

そのドラムを聴いて

私はギターからドラムに転向しました。

『樋口宗孝ドラムクリニック』の時

至近距離でみた貴方のドラムに震えました。

40歳を迎えた今でも

LOUDNESSを聴いています。

貴方は永遠に私のアイドルです。

貴方は永遠に私の憧れです。

貴方は永遠に私の心の師匠であり

そして兄貴です。


「光ある 全てのもの 滅びても
 永遠に 輝く LOUDNESS」


私の青春を良きものにしてくれて

ありがとうございました。

そして、

樋口宗孝よ、永遠に。

投稿者: Rolly | 2008年12月03日 00:04


LOUDNESS 私の青春です。

パンチの効いた激しいドラミング。

これを聞いた人は みんなLOUDNESSの魅力に痺

れましたよね。

樋口さん・・・それにしても早すぎるよ・・・

謹んでお悔やみ申し上げます。

投稿者: ルナ | 2008年12月03日 22:54

心からご冥福をお祈り致します。

悲しいのとショックで折れそうでした。。でも。。

本当に今までありがとうございました。。

これからもずっと聴き続けます。

ラウドネスの今後も見守っているでしょう。きっと。

面識なんて無いんですが。。自分の今があるのは

樋口さんのおかげです 難しいドラムパターン

思いっきり練習して自分に自信がつきました。

樋口さん 本当に ありがとう ございました。

お安らかに。。。。。


投稿者: じゅんいち | 2008年12月03日 23:15

樋口さんが、亡くなってとてもショックです。
私が樋口さんに出会ったのは・私が14歳でした。
レイジーのドラムスとして・何度も応援に行きました・
解散後ラウドネスに、高崎さんと活躍してる話を聞いて
レコードを買ったりしました。大阪羽曳野市の実家に
電話したり・お母様の優しい声は今でも思い出です。
私の初恋の樋口さん、安らかに天国で・ドラムを
思いっきり叩いてください・

投稿者: 笑みりん | 2008年12月04日 15:09

樋口さんが、亡くなってとてもショックです。
私が樋口さんに出会ったのは・私が14歳でした。
レイジーのドラムスとして・何度も応援に行きました・
解散後ラウドネスに、高崎さんと活躍してる話を聞いて
レコードを買ったりしました。大阪羽曳野市の実家に
電話したり・お母様の優しい声は今でも思い出です。
私の初恋の樋口さん、安らかに天国で・ドラムを
思いっきり叩いてください・

投稿者: 笑みりん | 2008年12月04日 15:10

樋口さんが、亡くなってとてもショックです。
私が樋口さんに出会ったのは・私が14歳でした。
レイジーのドラムスとして・何度も応援に行きました・
解散後ラウドネスに、高崎さんと活躍してる話を聞いて
レコードを買ったりしました。大阪羽曳野市の実家に
電話したり・お母様の優しい声は今でも思い出です。
私の初恋の樋口さん、安らかに天国で・ドラムを
思いっきり叩いてください・

投稿者: 笑みりん | 2008年12月04日 15:10

レイジー時代からのファンです!
今回の訃報には耳を疑いました・・

皆さんの心の中に彼のプレーは永遠に生き続けます!

投稿者: タマガワカズヤ | 2008年12月05日 00:28

樋口さんご冥福お祈りいたします、
20年も前です、ガキの私に度胸を教えてくださいました、今になって言葉が胸に響きます、
ありがとうございました。

投稿者: 西村 雄二 | 2008年12月05日 00:45

私も11/30の夕方くらいに知って驚きました。
ラウドネスは私の世代よりも少し早い世代やけど、かなり聴いたし、コピーもしたしので何か凄いショックでした。
やっぱり49歳は早すぎる。
オリジナルメンバーではもう観ることができないと思うと悲しい。

投稿者: 大阪市在住のnao | 2008年12月05日 11:37

お疲れ様でした。

ボンゾーやコージーと対談して下さい。

投稿者: hetalist | 2008年12月05日 15:00

12月1日にこの訃報を知りました。

ショックでした。中学3年の時ラウドネスがデビュー

し、レコードをよく大音量で聞いてました。

2枚目のアルバムの1曲目やったかな?

衝撃的なドラムソロから始まるロンリープレイヤー

タタラ タタラ タタタ タッタララ のフレーズが

大好きでアドレナリン出まくりでした。

高校に行き出し初めて行ったライブもラウドネスで

樋口さんのドラムソロはめっちゃカッコ良かった・・・

メンバーチェンジした頃からあまり聞かなくなって

しまいましたが間違いなく自分に大きな感動を与えて

くれたミュージシャンです。

いつまでも若々しくカッコ良かった樋口さんさようなら

ありがとう。

投稿者: kenji | 2008年12月06日 07:10

まじかよ・・・・


今日まで全然知らなかった・・・
ちょっと言葉にならないな・・・

とりあえず"in the mirror"と"speed"
聴いてます。

いつか会う日までお元気で。
それまでCozyやBonzoと仲良く
お過ごし下さい。

投稿者: ou812 | 2008年12月06日 17:41

宗孝様、ありがとう!
I love you forever!I will never forget the days,the dreams,the hopes and dourages you gave me!

投稿者: 匿名 | 2008年12月06日 23:17

樋口さんが永眠されました。どこかにコメントを書きたいと思ってました。当時よく読んだ思い出ぶかい雑誌がロッキンfだし、ここがいいかなって。

樋口さんは羽曳野市出身でぼくにとっては、同郷の先輩です。音楽に興味を持ちはじめた高校生の頃に、樋口さんから受けた影響は計り知れないものがあります。当時、大阪の高校の軽音学部の子は、ほとんど、みんな、ラウドネスのコピーをやってました。(阪神タイガースが日本一になった頃、だいぶ昔)。

ありがとう樋口さん

思い出に残る曲、好きな曲。
Crazy Doctor,Milky Way,S.D.I.,Noah,Runaway from Yesterday,Don't Change Your Mind.

投稿者: Keishi | 2008年12月10日 07:07

一生涯神であり続ける唯一の人

投稿者: KAZU | 2008年12月12日 11:49

早いよ・・まじで・・なんで・・
俺がラウドネスの音楽を知ったのが中2の時。周りはアイドルに夢中な男女ばかり。でも、俺はラウドネスの音楽を知り、夢中になり、そして中年になった今も一人ドライブの際はラウドネスの曲をBGMに・・・

俺も死ぬ迄ラウドネス・・あなたたちの曲を
聞き続ける・・

樋口さんあなたのドラムはとても泣かせるリズム・・

LET IT GO GOTTA FIGHT RISKY WOMAN
今も・・これからも俺のドライブミュージック・・

SO LONELY 今も・・これからも俺の最高の
ロッカバラード

天国に俺も逝ったときには天国での樋口さんのドラムを
聴きにライブに足を運ぶ・・だから、天国で、新たな
伝説を聴かせて欲しい・・・

ありがとう・・樋口さん お疲れ様でした。合掌 

投稿者: yuji | 2008年12月13日 00:44

樋口さんは、私が一番衝撃を受け、そして憧れたドラマーです。今聴いても、鳥肌が立ち、身体中が熱くなり、スティックを手にせずにはいられなくなります。
思えば、中学生の時にドラムを始めてから、あの強烈なシングルバスのプレイの虜になり、ずっと追い続けていました。
高校生の頃、友人と組んだバンドでハードロック、ヘウ゛ィメタルをやるようになってからも、シングルバスに固執したのも、樋口さんがいたから...。『ツーバスがなんぼのもんじゃ!。俺だってシングルで勝負してやるぞ』って。いつも樋口さんならどう叩くだろうってそんなことばかり考えてました。本当に単純に私にとってのヒーローでした。子供が仮面ライダーやレンジャーものに夢中になるのと同じ感覚だと思います。
樋口さん、今まで私に勇気と元気をくれてありがとう。そしてお疲れ様。天国でゆっくり休んでくださいね。

投稿者: おっく | 2008年12月15日 11:37

ひぐっつあんの訃報を目にした時、本当に目の前が真っ暗になりました。
私がラウドネスを聞き始めたのは今から約26年前、タッカンのギターにもぶっ飛んだけど、ひぐっつあんのあのパワフルなドラミングにいつも圧倒されていました。まだあの頃は、いつもコンサートに行きたいと思いつつ、結局いけなかったんだけど、今のオリジナルメンバーに戻ってから、「PANDEMONIUM」が発表されてからのライブに始めて行った時、メンバーのみなさんは全く年齢を感じさせず、ひぐっつあんのドラミングもますます凄みを増しているようで、その日の夜は興奮が冷めやらず、眠れなかったのを覚えています。
1日も早く復帰され、またあのパワフルなドラミングにお目にかかれる事を信じていたのに、本当に残念で悲しくてなりません。昨日も車の中でラウドネスの曲を大音量で聞きながら、涙があふれて止まりませんでした。
でも...もうあのドラミングは聞けないのですね。これからさらに、どんなステージを展開していくのか非常に楽しみにしていたのに、本当に残念です。
ひぐっつあん、49年間本当にお疲れ様でした。
そして本当にありがとう!
ラウドネスは僕の青春そのものでした。そして、これからも...


投稿者: MAKOTO | 2008年12月21日 09:56

ええええええー、今知りました。

投稿者: とし | 2008年12月22日 20:45

訃報を知ってから今まで一度もラウドネスのDVDを見ていません。なぜか判りませんがすごく変な気持ちなのです。映像を見てしまうと、樋口さんがもうこの世にいないということが信じられない。この感覚は何なのか。
驚くべき存在の大きさというべきなのでしょうか。
今日は勇気を出して見てみようか。
本当にご冥福をお祈りします。

投稿者: 佐藤 哲哉 | 2008年12月22日 23:29

高校生の時にインザミラーでノックアウトされて以来の
大ファンです。初めて生で観たのは大阪城ホールで86年でした。その後も数回ライヴに足を運びノックアウトされ続けました。上六でのドラムクリニックも行って握手してもらいポスターにサインしてもらいました。
コージートリビュートライブでのタッカンの「次は樋口トリビュートや!!」って叫びは洒落になれへん事になってしもた。家の電子ドラムでラウドネス叩きまくってます。YESMAN・・・・・

投稿者: 加藤健三 | 2008年12月22日 23:36

樋口 宗孝氏
闘病生活 お疲れ様でした。
あなたの 力強い 低音に 導かれて
ドラムを 始めた 僕にとっては
あなたが 師匠でした。
何の 基礎も 知らずに 叩いた
CRAZY DOCTER たくさんの “音”を
生み出してくれた あなたに 感謝します。
安らかに。ありがとう 師匠

投稿者: SPEED | 2009年01月12日 00:04

たった今、動画を携帯でダウンロードしたら、信じたくない驚きのコメント。誤報?アンチの悪戯?当然そうであって欲しかった。でも、悲しい現実として受け取らなければいけない私の青春時代のロックンロールジプシーである貴方の他界…。沢山の思い出をありがとうございました。そしてお疲れ様でした。また次に生まれて来られたら、あの卓越したドラミングで、ファンを魅了し、楽しませて下さい。樋口さん、今まで本当にありがとう。そしてメンバーの方々、遺族の方々、心よりお悔やみ申し上げます。

投稿者: 健二 | 2009年01月20日 22:46

今、携帯でラウドネスの動画をダウンロードしようとしたら、信じたくないコメントが…。そう、たった今この訃報を知りました。アンチの悪戯?誤報?ファンならそうあって欲しかった。現実として受け止めなければならない私の青春時代のロックンロールジプシーの他界…。
中学時代にラウドネスのサウンドの虜になり、高校時代初めて行ったライブのその日の夜は興奮して2日間寝れなかったことを思い出します。40手間になった今、また貴方の生のドラミングで、あの時の興奮を味わいたいと言う私やファンの願いは叶うことはありません。しかし、貴方の卓越した力強いドラムサウンドは、ファンの脳裏に深く焼き付いていることは間違いありません。沢山の思い出、沢山のサウンドで私を、そして沢山のファンや世の人を魅了された貴方に深く感謝し、敬意を表したいと思います。本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。今は安らかに眠り下さい。

投稿者: 健二 | 2009年01月20日 23:05

連続投稿になってしまい、大変失礼しました。管理人様並びにファンの皆さんに一言、失礼とお詫び申し上げます。

投稿者: 健二 | 2009年01月21日 10:29

いや・・・・もう・・・・

言葉に出来ません。。。


ホントに言葉も出ません・・・

樋口さ〜〜〜ん。。。。


悲しすぎますよーーー(大泣)


だけど。。。


有難うございました!!!


そして・・・


お疲れ様です!!!

投稿者: 黒エル | 2009年02月27日 09:52

樋口さん
ドラム界の「織田信長」
ライブ中のあなたの笑顔が大好きでした。
自分のお店には樋口さんの写真とスティックが飾ってあります。今月ニューヨーク行くんでおみやげにひぐっつあん用のジャックダニエル買ってくるね!

投稿者: たまちゃん | 2009年03月03日 22:30

師匠がいなくなって、4か月・・・ そろそろ心の整理をつけなけばいけないのですが、自分には、まだ信じられず、そろそろ札幌にライヴツアーで来るかな・?とか まだまだ師匠を追いかけていたかった 上から日本のドラマーを見守っていて下さい。

投稿者: 札幌の弟子です | 2009年03月31日 21:43

信愛なる樋口宗孝様・・・
もう6月になろうとしているのに・・・今知りました。
なぜか、去年末に「ラウド聞きたい」って思って、昔のレコード引っ張り出して聞いてました。
たぶん、ひぐっつぁんが怒ってたんでしょうね。

オレは、誕生前夜からず〜っとラウドファンですけど、特にひぐっつぁんは、オレのドラム人生に多大な影響を与えてくださいました。
セットはパール・・・スティックも樋口モデルを使ってましたよ。
フィルとか、ソロなんかもマネしたりして。
しかも、ツーバス全盛の頃も、ワンバス貫いて・・・
常にオレのドラム・スタイルは、ひぐっつぁんそのものでした。
それは、今までも今からも変わることはありません。

樋口宗孝様・・・
あなたは私にとって、人生そのものです。
いまさらですが、心から心からご冥福をお祈りします。
でも、今日は思いっきり泣かせてください。
明日からは、またクルマのなかで「SPEED」全開です。

投稿者: ひで | 2009年05月24日 19:54

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