泣く子も黙るMOTLEY CRUEの歴史は語り尽せない。ヴォーカリスト、ヴィンス・ニールについても同様、様々なストーリーがあり過ぎる。’92年にMOTLEY CRUEからクビ宣告を受けたヴィンスについて、いつくかの説があった。カーレースに夢中になり過ぎて、バンド活動に貢献していなかったことにメンバーが腹を立てたとか、ヴィンスと他のメンバーとの音楽性に相違が出てきたとか…。確かに当時のヴィンスはアルコール依存症であり、妻の陰に隠れてポルノスターとの失踪、カーレースなどに夢中で、マネージメントもコントロールしにくい状態にいた。音楽的にも同じパッションがなくなったと、後日、本人の口からも声明を出していたほどだ。しかし、それはあまりにも突然の解雇劇だった。ある時、L.A.で今世紀最悪というほどの集中豪雨の中、ニッキー・シックスとミック・マーズが2時間も運転してリハーサル・スタジオに到着した時、ヴィンスはその半分の距離に住んでいたにも関わらず、4時間も遅れたことに腹を立てた事が発端で、その数日後ヴィンスを解雇することにしたのだ。
ヴィンスの脱退は衝撃なニュースだった。全員がバンド名を腕に彫っていた絆が断たれたのだ。当時の噂ではジョン・コラビ(現RATT)の他、マーク・トリエン(BULLET BOYS)、スティーヴン・パーシー(RATT)が新ヴォーカリストとしての候補に挙げられていた。初代ヴィンス・ニール・バンドのメンバーはギターの元ビリー・アイドルのギタリスト、スティーヴ・スティーヴィンスを筆頭に、デイヴ・マーシャル(元PAIR-A-DICE, Fiona)、ヴィッキ・フォックス(元ENUFF Z’NUFF)、ロビー・クレイン(現RATT)といった粒揃いだった。
MOTLEY CRUEに関してはドラッグ、アルコール、結婚、離婚、訴訟、事故、喧嘩…など挙げていたらキリがないほどの事件だらけであるが、その中でも’84年12月8日、カリフォルニアのレドンド・ビーチでヴィンスが起こした交通事故で、助手席に同乗していたHANOI ROCKSのドラマー、ラズルが死亡した事件は大勢のロック・ファンの胸を痛めた記憶となってしまった。ヴィンスの2人目の妻との間に出来た娘、スカイラーちゃんがたった4歳で癌によってこの世を去ったことも、ヴィンスの意識を大きく変えていく。
彼は’97年にMOTLEY CRUEに戻り、同時にヴィンス・ニール・バンドでも活動を行っている(現在はSLAUGHTERの2人が参加)。
また、MOTLEY CRUEの中では誰よりも音楽以外でのビジネスを手掛けている。ラスベガスにあるTattooショップ“Vince
Neil Ink”を経営し、それに伴い“VNI Skin Show”と題されたTattooコンテストやライヴ・イベントも企画運営している。
それだけでなくフロリダ州ウエスト・パーム・ビーチにオープンした “Dr.Feelgood”はバーやダイニングだけでなく、ライヴも披露出来るロック・バー/レストランだ。
また、自らが飲酒好きということで、酒造&販売しているワインは“Vince
Vineyards”、テキーラは“Tres Rios”となんとも彼らしいテイストの実業家ぶりだ。
その他にもヴィンスが亡き娘の名を冠して創立した“Skylar Neil Memorial
Fund”のチャリティ活動として、毎年春に“Skylar Neil
Memorial Golf Tournament” というゴルフ・チャリティー(収益金は幼い子供達の医療支援のために寄付している)、11月3日にラスベガスで3回目が開催された“Vince
Neil’s Off The Strip Poker Tournament” というポーカー・チャリティー等、ヴィンスはこれらの事業を通じて既に100万ドル以上を寄付いる。そして年明けにはフロリダ〜メキシコへの船の旅&ライヴ“MOTLEY
CRUISE”だ。
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Vince Neil Band:
Vince Neil - Vocal
Jeff Blando (SLAUGHTER) - Guitar
Dana Strum (SLAUGHTER) - Bass
Zoltan Chaney - Drums


