2月に「KISS MINI EXPO Vol.5」でE.S.P.のメンバーとして来日したジョン・コラビ。昨年11月にもRATTのリズムギタリストとして日本公演を行ったばかりだ。今回そんなジョンにスポットをあて、彼自身の活動からヘヴィーなタトゥまでを探ってみることにした。
日本でジョン・コラビの名前が広まったのは“'92年にMOTLEY CRUEからヴィンス・ニールが解雇された後任ヴォーカリストとして加入した頃からだろうか。それ以前に彼はL.A.を活動の基盤とした(元RACER Xのメンバーが母体となっている)THE SCREAMのフロントマンとしてハリウッド・レコードから'91年『Let It Scream』でデビューを飾っている。その1年前まではANGORAというバンドに在籍していたが、MOTLEY CRUEに加入してから彼の音楽人生は急変した。いきなり、あのMOTLEY CRUEのメンバーになるとはビッグ・チャンスと同時にビッグ・プレッシャーも手にしたのと同然であろう。
ヴィンスのポップでライトなロックンロール・ヴォーカル・スタイルとは打って変わり、パワフルなハスキー・ヴォイスでブルージーに歌うジョンのスタイルは、MOTLEY CRUEのアルバムとして賛否両論に意見が分かれた。それによってヘヴィーな路線に音楽性が方向転換したことを高く評価したファンも決して少なくはない。
一時期はうまくいっているように見えたが、'97年にヴィンスがMOTLEY CRUEに再び返り咲くことが決定し、ジョンは新作レコーディングの途中だったにも関わらず、大きな不平も言わずにバトンをヴィンスに返した。
今年1月の後半、ヴィンスが主催するチャリティ財団の一環として行われた“MOTLEY CRUISE”での船上ライヴで、ジョンはヴィンスのステージに飛び入りし、AC/DCのクラシック・ナンバー「Highway To Hell」を一緒に歌ったという。また、そのクルーズには沢山の出演者がいる中で、世界中から集まったファンと誰よりも気さくに接したという美談も世界のロック・ブログで話題となったくらい、彼の自然体な人柄は長年ファンの間でも語り草となっている。
だからニッキー・シックスともBRIDES OF DESTRCTIONで、再びバンド・メイトになったし、エリック・シンガーのE.S.P.と、ブルース・キューリックのUNION(ブルースと組むことを提案したのはニッキーだったらしい)でも可愛がられ、さらにRATTにいながらもボビー・ブロッツァーと共にTWENTY 4 SEVEN、同じくボビーとロビー・クレインとでANGEL CITY OUTLAWSなどにも参加するといった人気ぶり。また、流行のトリビュート・アルバムもかなりの枚数に参加している(彼のオフィシャル・サイトのDiscographyを参照)。これはジョンのミュージシャンとしての器用さは言うまでもないが、人柄のせいで引っ張りだこなのか、お人よしなのか、八方美人か世渡り上手なのか。実際はわからないが、少なくても“お人よし”だからこそ、自分のアルバム制作が遅れたり、息子を思いやったり、結婚生活が苦手らしい表明をしつつも、なにひとつ嫌味を感じさせない不思議なオーラがある。コワモテなのに、ジェントル。それはまさに彼のヴォーカルにも反映している、“ヘヴィーだけれど、どこか繊細”な側面と重なった。




