LAメタルの代名詞と言われるサウンドを確立したRATTは、2008年に結成25周年に突入する重要な年を迎える。ブルージーなギターながらも印象的なリフとLAのカラッとした天候にもマッチした軽快なサウンドや、従来のメタル・ファッションのイメージであるハードコアなレザー&スタッズ・ルックとは打って変わったカットオフTシャツなどのファッションを編み出して「メタル」のイメージを変え、多くの女性ファンを獲得して、メタル・ムーヴメントに貢献したバンドだ。
'90年代前半、グランジ・シーンの到来と共に、RATTも事実上の崩壊をしてしまったが、'07年に入って、オリジナル・ヴォーカリストのスティーヴン・パーシーが復帰し、'98年以来、'07年11月に7度目の来日を果たした。WINGERとのカップリングで回った大阪、名古屋、東京、横浜の計4回公演は、どこも盛況で特に東京では即ソールドアウト。会場も溢れる人でごった返し、当時からのファンと思われる年齢層の観客で賑わっていた。
これだけ長い月日が流れると、正直、RATTにもメンバー同士の確執や様々な人間模様があったのは事実だ。バンドが空中分解した際に、“RATT”の名前の使用権についてメンバー同士が訴訟を起こしたこともあった。フォアン・クルーシェが自分のメッセージ・ボードで痛々しい内部暴露をした際に、スティーヴンを相手取り、ボビー・ブロッツァーとウォーレン・デ・マルティーニが勝訴した…とか、彼は自分と同じプロデューサーとしての道を歩むボビーを沢山助けたのに、裏切られたという類のコメントがあった。
しかし、お互いを再評価し合い、2006年の10月下旬、スティーヴンのライヴにフォアンが飛び入りし、ボビーも会場に駆けつけた。その直後にジジー・パールがウェブ上で“俺の役割は終わった”とコメントを公表したことからたちまち「オリジナルRATT復活か!?」という噂も実現化するのが秒読みと言われていたが、残念ながら今回も不参加のフォアンはメンバーを完全に許しきってはいないのだろうか。
他界したロビン・クロスビーを残し、出来る限り理想の形に戻ったオリジナル・メンバー3人は、誰も批判する余地もないほど自然に解け合っていた。今回の復帰を機に再認識されたことのひとつは、スティーヴンは音域も狭く、ずば抜けて歌唱力がある訳でもないが、RATTサウンドに最も「しっくり」くるのが彼のヴォーカルだということ、そしてこれでまたひとつ、独特のRATT&ROLLサウンドは不滅だとファンに証明したようなものであろう。
ボビー・とウォーレンは彼のカムバックについてどう感じているか?結成当時のRATTは20数年後のRATTをどうみていたか?成功の方程式とは?今後のRATTサウンドはどんな方向に向かうのか?ふとした質問がメンバー自らの口から飛び出した、“ロビン・クロスビーが生前に描いていた夢”のひとつは何だったのか…?
来日全公演を終えた、オーストラリアへ旅立つ最終日、リラックスしたムードの中でオリジナル・メンバー3人が揃い、結成25周年という節目の心境をWeROCK City向けに語ってくれた。




